2010年3月6日土曜日

和歌浦の掘割より名草山を望む



夏目漱石「行人」より

 その明くる朝は起きた時からあいにく空に斑が見えた。しかも風さえ高く吹いて例の防波堤に崩ける波の音が凄じく聞え出した。欄干に倚って眺めると、白い煙が濛々と岸一面を立て籠めた。午前は四人とも海岸に出る気がしなかった。
 午過ぎになって、空模様は少し穏かになった。雲の重なる間から日脚さえちょいちょい光を出した。それでも漁船が四五艘いつもより早く楼前の掘割へ漕ぎ入れて来た。