2010年3月3日水曜日

東照宮の石段





夏目漱石「行人」より

ようやく権現の下へ来た時、細い急な石段を仰ぎ見た自分は、その高いのに辟易するだけで、容易に登る勇気は出し得なかった。兄はその下に並べてある藁草履を突掛けて十段ばかり一人で上って行ったが、後から続かない自分に気がついて、「おい来ないか」と嶮しく呼んだ。自分も仕方なしに婆さんから草履を一足借りて、骨を折って石段を上り始めた。それでも中途ぐらいから一歩ごとに膝の上に両手を置いて、身体の重みを託さなければならなかった。兄を下から見上げるとさも焦熱ったそうに頂上の山門の角に立っていた。