2010年3月15日月曜日

片男波



夏目漱石「行人」より

 自分達はついにその土手の上へ出た。波は土手のもう一つ先にある厚く築き上げられた石垣に当って、みごとに粉微塵となった末、煮え返るような色を起して空を吹くのが常であったが、たまには崩れたなり石垣の上を流れ越えて、ざっと内側へ落ち込んだりする大きいのもあった。
 自分達はしばらくその壮観に見惚れていたが、やがて強い浪の響を耳にしながら歩き出した。その時母と自分は、これが片男波だろうと好い加減な想像を話の種に二人並んで歩いた。